2016年9月14日 0時00分00秒 (Wed) 展示終了しました。

展示終了しました。
村内ファニチャーアクセスのギャラリーむらうちでの展示が無事に終了しました。

身近な人たちが来てくれ、とても嬉しく思います。


しかし、まだまだ修行が足りません…
展示方法についても、もっとセンス良く出来ればよかったです。

その場所にあった方法で、欲張らずに見せたいものを見せていったほうがよかったなぁ、と。

いつもあれこれ考え過ぎて、ぐちゃぐちゃになります。

もっとシンプルに。シンプルに。



今回の展示で、物質と人間について考える機会となりました。

家具屋さんでの展示ということもあって、人はなぜ物を買い続けるのだろうか…とギャラリーに行くたびに考えました。例えば、すごく立派なテーブル、何十万もするけれども、きっとあれだけしっかりした造りなら何世代も使えそうだなぁ、と。大事にすればするほど買う機会は減るわけで…IKEAとかニトリとかで安い家具を買って、一生のうちに何度も買い換えて…?購買意欲を掻き立てて、壊れたり飽きたりしたら捨てて、新しいものを買ってもらうことが経済活動を活発にする…?

一体、私たちはどこに向かうのでしょうか。

作品だってそうです。
作品を作って売る、いい作品だから売れる、気に入った作品だから買う、買ってもらえるような作品を作る…というそういった資本主義の中で私たちはどこに行くのかなぁ。いや、どこに行くべきなのかなぁ。


美術館のように入場料をとって、感動を味わえような、そんなスタイルでも素敵だけれども、日本各地のミュージアムは、よっぽど人の集まる上野とか六本木とかじゃないと集客が難しいところが多いだろうな…。

水族館や動物園もそうかもしれません。魚や動物がいるというだけでは人は集まらないし、野生なんかめったにお目にかかれないのにウサギやモルモット、ペンギンにチンアナゴなど「よくいるよね」、と思われてしまいます…。

行政がやっているところが多いけれども、美術の世界は行政が個人レベルまで発掘して応援してくれるところは少ないように思います。企業も社会貢献!!!なんて言っている場合でもなさそうですし…。そうなると結局みんな自分で値段をつけて、生活するために売らなくてはならず…。例えばインスタレーションや、配置の芸術など、売れないような作品もあると思うのです。等身大とかもそうかもしれません。でも見るとワクワクするものもきっとあるわけで…うーん…。

私の知らない世界はきっとあって、そこで頑張ってらっしゃる方はもちろんいるとは思いますが、なかなか身近ではないというのが実感です。

芸術は、社会に風穴をあける存在や、消えてはいけないものを伝えたり、誰かの切実な思いや社会の願いを形にしたり、見えないエネルギーを視覚化したり…お金では売買できない部分があって、そこが魅力の一部だと感じるわけですが…うーん。

これはポコラート展でも思ったことです。


私がしたいことをもう一度考えなくては…流されてしまいそう


この記事にコメントする






表示されているひらがなを入力してください
認証コード