制作随想
2016年5月8日 0時00分00秒 (Sun) 自由

この時間しか自分の時間を持てない。
出産から5ヶ月。やっとで身体は回復した感じで、感覚として日常生活を送れるようになってきた。
しかし、さぁ、やりたいことをしよう!…とはいかず、子育てと最低限の家事に追われる日々。
たまに仕事に行くけれども、その時とこの時間帯が唯一の息抜き。
娘はいつも大泣きで、抱っこをせがむ。昼間の寝る時間も短くなってきて、ますます私は翻弄される。
ただでさえ苦手な赤ちゃんの泣き声。無視しても泣き続け、じわじわと私の心を侵食する。
2人っきりの時はご飯さえままならない。
負の感情に自制心が効かなくなる。
世のお母さんがたはすごいな。
自分の自由を捨てて子育てすることが美徳なのだろうか。こんな感じでこの先ずっと続くのだろうか。
論文も書きたいし、読みたい本だって山ほどあるし、作品だって作りたい。
もともと全く器用ではないし、何をするにも時間がかかって遠回りな性格だから、もうほとんど立ち回れない。
夜中に制作したり、したいことをしているが、やっぱり体調を崩す。
どうしたものか。
自分もしてきてもらった道だし、イタリア留学と素敵な作業場と引き換えの約束だからもう少し頑張ろう…
こんな気持ちで子育てして、娘に良いわけがない。しかし、、愛に満ちた立派な母にはなれそうにない。
そして、自分の娘もまともに愛せないのに、隣人を愛することなんて出来ないような気がしていて、もう自分の価値が無いように感じてしまう。
必死に生きている娘と夫に心から申し訳なく思う。
作品は最近作った石彫。「幸いなり」。
3 「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。
4 悲しむ人々は、幸いである、/その人たちは慰められる。
5 柔和な人々は、幸いである、/その人たちは地を受け継ぐ。
6 義に飢え渇く人々は、幸いである、/その人たちは満たされる。
7 憐れみ深い人々は、幸いである、/その人たちは憐れみを受ける。
8 心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。
9 平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。
10 義のために迫害される人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。
11 わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。
12 喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」
(マタイ5節より 新共同訳)
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2016年1月3日 0時00分00秒 (Sun) 2016

はじめてのことがたくさん。出会いも別れもたくさん。罪も失敗もたくさん。
多くの方に支えて頂いた1年、少しでもお返しできるように努めます。
昨年は大変お世話なりました。
今年もよろしくお願いします。
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2015年12月23日 0時00分00秒 (Wed) 二人展

毎年、始まると不安でいっぱいになります。
今年は、ほとんど在廊できないから、とても もどかしいです。
今年のテーマは、「あなたが一人ぼっちにならないように」。
少しでも誰かのさみしい気持ちにより添えれば嬉しいです。
ひとは、どんな状況でもひとりぼっちではないから。目に見えるものだけが全てではないはずです。
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2015年12月17日 0時00分00秒 (Thu) 苦難

想像を絶するものでした。
無理に薬を使ったせいかな、とか
筋腫のせいかな、とか考えて必死で答えを探しているけれども、
きっと「産みの苦しみ」、人間の女性に与えられた苦難なのでしょう。
痛みや苦しみはもちろん暗闇と恐怖と不安の中をさまよってしまいました。
生まれてきた我が子も通れぬ産道にはまり、羊水のない中排泄してしまった姿だったようなので、きっとあの子も同じ暗闇と恐怖と不安の中で苦しんでいたのだと思います。
「出産」、、、新生児室の赤ちゃんが泣くたびに女の人の叫び声に聞こえます。
分娩まで4日かかったので、陣痛室で多くの妊婦さんを見送ってきました。
長い時間ではなかったけれども、一人で陣痛に耐えていた妊婦さん。痛いよ、痛いよ、と声が聞こえました。
家族や旦那さんに見守られて、長い時間を耐え抜いていた妊婦さん。陣痛室を出て行く時は、ほとんど声も聞こえなくなっていました。
他にもまだたくさんの妊婦さんの分娩直前の叫び声。
どれもトラウマになりそうな状況でした。自分の痛みとあいまって、声を聞くだけで怖い。新生児の泣き声に似ている。
私は、いろんな闇を抱えての出産だったので、最後はどうやって乗り切れたのかよく分かりません。
あの状況で何かが欠けていたら、きっともっと恐ろしい状況になってしまったのだと思います。
無事に出産できたのは、皆が助け、見守ってくれたからだと強く感じます。全てに感謝しています。
私の力だけでは、難しかったでしょう。bebeも本当によく頑張った。
まだお腹の傷は痛むけれど、これは大事な印となりました。十字架の跡。
初めて抱いた我が子は不思議な感じでした。この子は天からの授かりもの。預かったのです。神の意に背くことのないよう、くる日まで大切に育てていきたいと思います。
「弱い者が強い者より苦しまなかったとだれが断言できようか。」遠藤周作の「沈黙」の言葉が頭をよぎります。
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